7月の教室各種スケジュールです。

定員がありますのでお早めにご予約ください。


【整体教室】


「整体の基本 愉気・行気」(7日、11日)

人の体に気を通すことを愉気(ゆき)、自分の体に気を通すことを行気(ぎょうき)といいます。エビデンスはないけれど、確かにそこに感じられるものの心地良さを味わいましょう。


「夏の冷えの調整法」(14日、18日)

雨や冷房で体を冷やした後に起きる体調不良の調整法を学びます。

冷え性でお悩みの方におすすめです。


「整体の基本 活元運動」(20日(火)、25日)

自己調整機能の高める運動である活元運動の実習を行います。

子どもの寝相のように、体のロックを外して自由に動きましょう。

※20日(火)の稽古時間は水曜昼・夜クラスと同じです


「夏の肌ケア」(28日、8月1日)

湿疹、日焼け、肌の潤いなど、肌にまつわる調整法を学びます。



稽古日

水曜昼クラス 14:00〜15:30

水曜夜クラス 19:00〜20:30

日曜朝クラス 11:00〜12:30

同じテーマでも稽古内容は毎回変えています。


会費

1回ドロップイン 2,000円(23歳以下の方 1,000円)

月謝 6,000円(23歳以下の方 3,000円)


お持ちいただくもの

替えの靴下

お顔の下に敷くハンカチ



【特別講座】

初心者向け「夏を快適に過ごすための講座」

夏を快適に過ごすための様々な方法を、セルフケアを中心に学びます。

・冷房で冷えた体のケア

・湿疹や日焼けなどの肌ケア

・食べ過ぎによる胃腸トラブルのケアなど


日時

7月24日(土) 15:00〜18:00


会費

4,000円

整体教室月謝参加の方 2,000円


中級者向け「整体操法入門講座」

難度の高い技術の練習に特化した講座です。


日時

7月31日(土) 17:00〜19:30


会費

3,000円

整体教室月謝参加の方 2,000円

元CAの山本麻美さんという方は、航空会社で安全教育を担当した経験から「子どもにマスクをさせることのリスク」について啓発をされている。(子どものマスクヒヤリハットアンケート等)


その山本さんに「自分の子どものことしか考えていないのでは?」という批判的なコメントが来て、そのコメント全文とそれに対する山本さんの返信を掲載している。


①最初のコメント

②山本さんの返信

③山本さんの返信に対するコメント

④コメントに対する山本さんの返信1

⑤山本さんの返信2


「自分の子どものことしか考えていないように伝わっていた」と反省しつつ、相手の考え方を否定することなく真摯に答えている山本さんの姿勢も、お二人の文章も大変考えさせられるのだが、何よりも「感染対策が重要と考える人と、対策の弊害について発信する人の噛み合わないやりとりの特徴」が凝縮されているという意味で、お二人のやりとり自体がこの騒動を考える貴重な資料となっている。


以前のブログで、私が新興宗教の3世信者から抜け出すために、熱心な信者である旦那さんの生態を観察するという女性のブログを読んでいたと書いた。そのブログのコメント欄には、同じように家族の活動に悩む人であったり、2世信者の人がその苦しみを書いて励まし合うコメントであふれるのだが、たまに熱烈な信者が「こんな批判を書くなんてひどい!」という趣旨のコメントを長文で書いてくる。ブログ管理人とコメント欄の常連VS熱心な信者という構図で何度かコメントのやりとりが続くのだが、熱心な信者がその正義を書けば書くほど、その人とその団体の歪さが露わになり、書いている本人がそのことに気づかずどんどんと団体の評判を下げていく。団体のおかしさを書くそのブログ自体よりも、「盲信した人が書く紋切り型の正義のコメント」を読むほうがかえっておかしさに気づけるという具合だった。


当時よく見かけたコメントの特徴を凝縮すると以下のような文章になる。


旦那さんに隠れてこんな悪口ばかり書いて最低ですね。コメントしてる人たちも愚痴って慰め合うだけで良いのですか?長年活動していますが皆さんが書いているような嫌な思いなんかしたことありません。疑問を感じるのは弱いからです。運命を変えられるのがこの信仰で、何があっても負けない知恵が満載。皆が一丸となって世界が平和になるよう活動してるのにケチつけないで下さい。救われた人が世界にどれだけいるか想像できないでしょう?嫌なら離婚すれば良いじゃないですか。旦那さんはそんなあなたの幸せも祈っているのに気づかないなんてかわいそうな人。

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今の感染対策に対する疑問をSNSに書いたら、山本さんへのコメントと酷似した長文の文章が送られてきたという人がいる。今の感染対策は絶対に正しいと思っている人の文章もまた、紋切り型で決まった特徴がある。


・とにかく感情が優先される

「人が亡くなっているのにさざ波だなんてひどい」

「家族がコロナで苦しむのは嫌だ」

「頑張ったからインフルも減ったんだ」

「自分勝手な主張して調和を乱さないで」


感染対策が必要だと思っているだけの人であったら、いろいろ過剰じゃない?と問うても「そういう考えもあるね」とか「たしかにこれが続くと他の問題が生まれるかもね」くらいの返答になっても良いのに、マスクの弊害を発信しただけで「この人は自分勝手だ!けしからん!」と時間を費やしてわざわざメッセージを送るのだから、感染対策が絶対に必要で正しいと「信じている」。信じているからこそ、少しでも否定されたように感じたら脊髄反射的にコメントしてしまう。山本さんのデータに対して感情で返し、感情に対してデータを返しても噛み合わない。


・いろんな問題がごちゃ混ぜになる

「子どもにマスクをさせるリスク」を主に発信し、「コロナ以外のことも考えませんか?」と問いかけている人に対して、ロックダウンといった世界の感染対策の正しさや医療従事者が大変な思いをしているといったことを主張しても議論のテーマがずれていく。


・相手が無知だと決めつけ上から物を言う

「数が少なくとも大切な人を失った人にとってはリアルな現実なのです」

(感染した人の苦しみや失った人の気持ちがあなたには想像できないでしょう)

「科学者、政治家は私たちとは比べられないくらいたくさん勉強をしています」

(感染対策が人類の叡智の結晶だということがあなたには想像できないでしょう)


皆我慢しているのに自分の権利ばかり主張して、現実がわかっていないようなので教えてあげましょうという姿勢を感じることは多い。


・正義のオブラートに包んで嫌味を言う

「嫌なら海外に行けばいい、政治家に立候補すればいい」

「リスクを不安に思いながらワクチン接種した人のおかげで、ワクチンを拒否した人の健康が守られるかもしれませんね」


コメントを書いた人は結局山本さんの文章がきちんと読めておらず、感情にまかせてこうしたことが言いたかっただけではないかと思ってしまう。

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もちろん、今の感染対策に疑問を感じている人でも「意図的にばらまかれたウイルスだ」と言って街中で火炎瓶を投げるところまで行ってしまうとそれもカルトだし、ネット上は過激な主張が目立ちやすい。対策が必要だと思っている人からしたら反自粛派は過激な人ばかり、陰謀論者ばかりで真面目に弊害を考えている人などいないように見えているのかもしれない。自粛の弊害がほとんど思い浮かばないのなら尚更だ。


街で暴動を起こすような、行き過ぎた反自粛がオウムのような過激なカルトだとしたら、いろいろ疑問はあるけどみんなやってるから従わないといけない、疑問の声すら上げにくいという今の雰囲気は「あからさまに過激ではない、生活に馴染んだカルト」と言えるのではないか。国民のほとんどが一つの考えに染まったという意味でやはり戦時中の生活とも似ている。


自分と違う意見をみかけた時に反射的にカッとなってしまうのなら、それは危険な兆候だ。


私は口が悪いので「このコメント主は戦時中に生まれてたら何の疑いもなくお国のためにと叫ぶんだろうなぁ」とか言ってしまうので、山本さんのような愛のある文章が書けるようになりたい。

仕事仲間のAさんはいまだコロナを過剰に気にするご両親の説得に奮闘している。先日会った時は「実家に帰ると怖がっていた頃の自分に戻りそうになる」と言うのでそれカルトの家庭で育った人のセリフですよと笑った。


マスク「スンナ派」と「シーヤ派」による宗教対立だと言う人もいて上手いなと思った最近、ますます宗派の対立が厳しくなっている。宗派の違い・コロナ観のベクトルが違うので話は噛み合わないし永遠に平行線をたどるさまは、カルトにハマった人を説得するのが難しいのと同じだ。私の母方の祖母は大手新興宗教の会員で母親は2世、私は3世信者になる。Aさんの奮闘を聞くと、団体への疑問や今後活動はしないと訴えても伝わらなかった20代前半を思い出す。


母親も物心ついた時から信仰が生活の中にあったので、団体の思想が絶対に正しいと信じて疑わない。団体を批判する人はそれが真っ当な批判であっても聞き入れないし、団体の思想が理解できない人はかわいそうな人、島国根性で良いものを良いと認めない人だと決めつける。人間関係、ご近所付き合いも信者が大半なので、疑う・脱会するということは生活のすべてがなくなることを意味する。私が中学時代不登校になった時は「過去世の行いが宿業となって出てきてるんだから乗り越えなくちゃ」と言われ、ただ祈ることしかしなかった。仕事と活動の両立が役職のある人ほどきつくなり、心を病む信者も多かったがそれも信仰の足りなさで片付けられる。いろんな矛盾を指摘したとしても論理的思考は働かずに、否定されたという感情が勝って対話にならない。


絶対に今の感染対策が必要だと信じて疑わない人の反応の仕方を見るたび彼らを思い出す。


さざ波という表現が話題になったが、世界に比べて陽性者数は少ないという主旨にもかかわらず「亡くなった人の命を軽視している!ひどい!」という感情にスイッチが入る。皆が協力する必要があるのに理解できずに飲み歩く人はかわいそうな人と書いている人を見たことがある。自粛反対派はトランプ支持者のような陰謀論者ばかりと決めつける人もいる。禁酒法など今の対策方法にいろいろ疑問は感じるが、そもそも日本で何か特別な対策が必要だったのかという疑問には辿り着かない。


冒頭のAさんの母親はこの騒動のおかしさにずいぶん気づき始めたと思いきや、ふとしたきっかけで元の怖がり方に戻るとも言っていて、それはやっぱり論理的思考性よりも特に恐怖の感情が優位にあるからだと思われる。指摘されたらすぐわかりそうな矛盾というのも多々あって、例えば「絶対に感染したくない」と「テレビが報道するのをやめたらコロナ終わるのでは?」が同時に言えてしまう人もいるし、マスクするだけでどれだけ密な場所だろうが普通に出かけられてしまうのも考えれば考えるほど不思議だ。パンデミックなんかが起きれば国民そっちのけで閉じこもるはずの政治家があちこちで会食しては謝罪し、医師会が政治資金パーティーを開く。何かおかしいと思わせる話はこの一年転がりまくっていたのだけれど、目に入らないのか、脳内の”コロナ怖いフィルター”で変換されてしまうのか。


昔ネット掲示板で見かけた、信者の親や配偶者と冷静に話す時のアドバイスは、

・批判しない

・否定しない

・質問ばかりしない

だった。


………無理だ。その団体もツッコミ所満載だったけれど、コロナを巡るあれこれも一週間もすればネタが溜まり過ぎて困るくらいなのだ。とはいえ信じているものを批判されれば相手もいい気分にはならないので、こちらの忍耐も結構必要になる。


20代半ば、信仰から完全に目が覚めたのは信者である旦那さんの生態を面白おかしくブログに書く女性のブログだった。ブログ開設当初は割と熱心に活動していた旦那さんも徐々に離れていった。女性はその団体に対して「自分の美意識が拒否する」と言っていて、同意だった。


今もあの時の感覚と同じだ。

巷の感染対策は美意識が拒否するのでできません。あと宗派もこちら野口整体ですので。